「郵政民営化」への反発が選挙情勢に影響を与えているなか、「郵政改革」の裏を知り尽くした元総務(郵政)官僚が衆院選に出馬する。郵政民営化の見直しが党是の国民新党から比例(東海ブロック)で立候補する稲村公望・中央大学大学院客員教授だ。
稲村氏は1972年、郵政省(現総務省)に入省。国際畑、通信畑を歩き、2003年4月の郵政公社発足に伴い同公社常任理事に就任した。小泉首相が郵政民営化に向けてひた走っていた頃である。
小泉首相は2004年夏頃から「郵政民営化法案」の提出準備を始め、民営化すればすべてがバラ色になるかのような幻想をメディアを通じて振り撒いた。
民営化が国民のためにも国家のためにもならないことを現場で見抜いていた稲村氏は民営化に反対だった。稲村氏は常任理事の任期が切れる2005年3月、郵政公社を辞職。「郵政民営化法案」が提出される5ヶ月前のことだ。
小泉政権によるメディア操作は1年をかけて行われた。幻想が国民の意識にどっぷり浸透した2005年8月、小泉内閣は「郵政民営化法案」を国会に提出。参院で否決されると衆院を解散し「民営化にイエスかノーか」のみを国民に問うたのだった。詐術的な手法で勝ち取った「郵政民営化」はすぐに馬脚を現す……。
民営化後、一時閉鎖(事実上の廃止)された郵便局は全国で344局にものぼる。民営化以前、山間部や魚村では郵便配達のオジサンに郵便貯金や簡保の出し入れやを頼むのが当り前だったが、それも4分社化により法律で禁じられた。
足腰の弱ったお年寄りが、バスで遠くの大規模郵便局までわざわざ出かけなければならなくなったのである。「国民へのサービスが低下することはない」と小泉首相は豪語していたが、ウソだったのだ。
【郵貯と簡保の巨額資産狙った米保険業界】
稲村氏が郵政民営化に反対する理由はこればかりではない。氏と出会った2年前、郵政民営化の問題点について尋ねたところ「アメリカは日本を映画『シッコ』のような社会にしたいんだ。それが許せない」という答えが返ってきた。東大卒業後、アメリカの大学院で学んだ稲村氏は米国の情勢にも明るい。
映画『シッコ』は国民皆保険制度のない米国社会の悲惨さを描く。民間の保険に入れる富裕層は、病気やケガをしても保険がカバーしてくれる。だが保険に加入できない中間以下の層は、病院にもかかれない。かかってもろくな治療を受けられない。
日本の国民健康保険は、保険料を払えない低所得者層の増大で事実上パンクしている。事態がさらに進めば国民皆保険制度は崩壊する。
国民皆保険制度と郵政民営化と何の関係があるのか、と思う読者もいるだろう。ところがあるのだ。稲村氏によれば、米国の保険会社が幾社も列をなして郵政民営化を待っていた。
米金融資本の狙いは300兆円にものぼる郵貯と簡保の資産だった。健康保険ビジネスを日本で展開し、郵貯と簡保の莫大な資産を本国に持って行って運用するためだ。国民皆保険制度の解体と郵政民営化はセットだったのである。
「こうするため竹中は格差社会を作り出した」。稲村氏は小泉首相よりも竹中平蔵・元総務大臣を強く批判する。米金融資本の意向を受けて郵政改革の“効用”を喧伝していたのは、確かに竹中平蔵総務大臣であった。
ヒラリー・クリントンは国務長官は上院議員時代、国民皆保険を導入しようとして自分の選挙が危うくなったことがある。米金融資本の柱とも言える保険業界の反発を買ったためだ。
「郵政民営化の陰に米保険業界あり」と説いていた稲村氏にも米国から圧力がかかった。米国の薬品会社から「何でそんなこと言うんだ」と国際電話が架かってきたという。
「僕はね、市場原理主義のイカサマが許せないんだ」。稲村氏は出馬動機を語る。出馬を決断した日は、西川善文・日本郵政社長の解任を求めていた鳩山邦夫総務大臣が逆に麻生首相から斬られた6月15日だ。「市場原理主義が温存された」。稲村氏は悔しさを隠さない。
「本当は赤字でもなかった『かんぽの宿』を帳簿上の操作で意図的に赤字にし、二束三文でオリックスに叩き売った」と稲村氏は指摘する。国民の資産が叩き売られたのである。
昨年9月、証券大手「リーマンブラザーズ」の破綻を引き金に米国の市場原理主義はあっけなく潰えた。ところが、稲村氏によれば「日本には市場原理主義の残党がいる」。
当選の暁には、国会招致も取り沙汰されている竹中元大臣、西川日本郵政社長を追及してほしいものだ。
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