ウエストバンク北部の都市ナブルスは、ユダヤ教の聖地でもあることから緊張が絶えない。
21日深夜、若者(23歳)がイスラエル軍に射殺されたと聞き、翌朝陽が昇ると田中は現地に向かった。若者が有名サッカー選手だからではない。ナブルスではいとも簡単にパレスチナ人が殺されると聞いていたからだ。
ナブルスにさしかかるとイスラエル軍の監視塔があった。写真を撮影すべく取材車を降り、監視塔に向けてカメラのシャッターを切った。もちろんパレスチナ側のエリアからだ。
ところがイスラエル兵2人が田中からわずか30m余りの所で見張っていた。彼らもまたパレスチナ側の地面の上にいたのである。
取材車のアラブ人運転手が物凄い剣幕でまくしたてた。「イスラエル兵はプレス(記者)でも撃ってくるんだぞ。アルジャジーラの(女性)ジャーナリストが射殺されただろう。お前は殺されたいのか」。
運転手に言われて気づいたのだが、イスラエル兵はライフルのスコープを覗いていた。
黄色の『PRESS』ゼッケンを着けていなかったら、田中は簡単に撃ち殺されていたかもしれない。
ナブルスの旧市街地に入ると、いたる所に殉教者の遺影が飾られていた。家屋の壁に、商店街のアーチに、果ては屋台に。ライフルを抱いた写真が目につく。
ここはガザか、と錯覚するほど殉教者の写真だらけだった。皆、旧市街地でイスラエル軍に射殺されたという。
住民によれば、きのうの夜もイスラエル軍兵士が旧市街地に踏み込んで来て銃を放ったという。幸い死者は出なかったようだ。
サッカー選手が射殺されたのは旧市街地ではなかった。地元住民たちはユダヤ教の預言者の墓の辺りと証言した。田中もそこを訪ねた。
ナブルスの旧市街地は、エルサレムと違ってユダヤ教徒の居住区はない。イスラム教徒中心である。
そこに異教徒であるイスラエルの軍隊が侵入してきてイスラム教徒を殺戮する。
占領地の冷厳な現実と言ってしまえばそれまでだが、被占領民族の命の軽さに愕然とする。
~終わり~