いちょう並木に代表される神宮外苑に足を踏み入れると、原生林をさえ彷彿とさせる無数の古木巨木から森の香りが漂う。ヨーロッパの庭園に学んだという外苑は、緑地と建物が秩序だって配置されている。自然と文明の両方に触れることができる貴重な空間だ。
人々を和ませてきた神宮外苑の景観が破壊されかねない事業が進もうとしている。新国立競技場だ。
収容人員8万人、高さ70m、延床面積29万平方メートル。ロンドン五輪メインスタジアムの約3倍、現在の国立競技場の5・6倍もある。カブトガニを思わせる建築物はとにかく巨大だ。総工費1300億円。
世界的建築家の槇文彦氏が、景観への配慮を著しく欠いた新国立競技場を批判するコラムを雑誌や新聞に投稿したところ大きな反響を呼んだ。昨夕(11日夕)、新競技場計画を考えるシンポジウムが日本青年館で開かれた(主催:実行委員会)。日本青年館は新競技場の一角に入るため取り壊される。
シンポ開始前から長蛇の列ができ、会場に入りきれなかった人々は近くにある建築家会館でモニター画面を視聴した。建築家会館にも入りきれなかった。テレビカメラも10台並び、メディアの関心の高さをうかがわせた。
開場を待つ参加者に聞いた。東京都三鷹市在住、年金生活者の松田賢一さん(72歳)は、「オリンピックで作るとしても、8万人も入るようなデカイ建物を作る必要があるのか。維持費が税金としてツケが回ってくるような気がした」と話す。
シンポジウムは槇氏はじめ都市計画家や社会学者ら5人がパネリストとなった。
槇氏は先ず「なぜ、こういうのを作ろうとしたのか」と首をかしげた。巨大になった理由を「狭い敷地面積に店舗、駐車場など競技以外の施設を詰め込み過ぎたため」と分析する。「上からの外観図だけで、模型を作ろうとしていない。模型は必ず作る。周辺との関係も分からない」とコンペの不自然さを指摘した。
明治天皇の崩御を記念して作られたのが明治神宮(内苑)で、内苑に伴う外苑が神宮外苑だ。歴史的な空間であるため一番目に風致地区の指定を受けた。
高さ制限は15mだったが、東京都は75mまで緩和した。新国立競技場と同じ高さである。
歴史的な景観を破壊してまで巨大な施設を建設する必要があるのか? 建築家の大野秀敏氏は次のように指摘する―
「すべてが縮小してゆく。新しい都市概念を作ってゆかねばならない。(新競技場は)高齢化してゆく社会、縮小化してゆく社会にふさわしいモニュメントにすべき。東京都は維持費で大変なことになる」。
社会学者の宮台真司氏(首都大学東京教授)はさらに厳しい―
「子孫が僕らをどう思うだろうか? 新国立競技場を作った僕らをリスペクトするだろうか? 末代まで恥をかくだろう」
槇氏は次のようにシンポジウムを締めくくった―
「コンペの発表の仕方にある種の情報操作があったかと疑念を持っていた。メディアも絶えずその図を出す。それ以上の情報を持っていない。なぜあの大きさか?一切説明がない。我々も社会も“おかしいんじゃないの?”という声はあったが、(声が)外へ出て行かなかった」。
会場からは「これに終わらせず、設計の変更など都や関係省庁などに働きかけて行かないのか?」との質問があった。
槇氏は「メディアの責任は重い。メディアが働きかければ(行政には)プレッシャーになる」と注文をつけた。